
朝の台所に立つと、まだ空気がひんやりしている。五月の朝というのは不思議で、窓から差し込む光はもうすっかり初夏の色なのに、素足でフローリングを踏む感触だけは春の終わりのまま冷たい。ごはんを炊く香りが部屋に広がって、それだけでなんとなく、今日も一日やれそうな気がしてくる。
月曜日はまだ気力がある。火曜日も、なんとかなる。でも水曜日の朝というのは少し違う。会社に向かう足取りが、ほんのわずか重くなる感じがする。週の折り返しという言葉は便利だけれど、その「折り返し」の地点に立ったとき、人はたいてい、まだ半分残ってることに気づいてため息をつく。
だから私は、水曜日のおべんとうだけは、ちょっとだけ気合いを入れることにしている。
今日のおかずは、鶏のはちみつ照り焼き。作り方はとてもシンプルだ。鶏もも肉に塩胡椒をして、フライパンで皮目からじっくり焼く。焼き色がついたらひっくり返して、醤油・みりん・はちみつを各大さじ1で合わせたタレを回しかけ、蓋をして中火で三分。最後に蓋を外して強火でタレを絡めれば完成。はちみつのおかげで冷めても固くならないし、甘みがやわらかくて、どこか懐かしい味になる。子どもの頃、母が運動会の前日に作ってくれた照り焼きチキンとはまた少し違うのだけれど、あの甘じょっぱい香りが台所に漂うたびに、あの頃の遠足の朝を思い出す。
副菜は、ブロッコリーのごま和えと、だし巻き卵。だし巻きは正直、毎回うまく巻けているとは言いがたい。今朝も少しよれた。しかし、味は変わらない。それでいいと思っている(本当は毎回ちゃんと巻きたいのだが)。
おべんとう箱は、最近お気に入りの「ハコノワ」というブランドの曲げわっぱ。架空のブランドではなく、私が勝手にそう呼んでいる近所の雑貨屋で見つけた、名前のない小さなわっぱだ。杉の香りがほんのり漂って、ごはんの余分な水分を吸ってくれる。蓋を開けたとき、ふわっと木の香りがするのが好きで、それだけでお昼が少し楽しみになる。
詰め方にも少しこだわりがある。ごはんは斜めに盛って、そこに照り焼きを立てかけるように置く。すき間にブロッコリーを詰めて、だし巻きを端に並べる。最後にミニトマトを一粒。それだけで、なんとなく彩りが整う。
会社の昼休み、自席でそっとお弁当を開ける。照り焼きの甘い香りがふわりと広がって、隣の席の同僚がちらりとこちらを見た。「いいにおいですね」と言って、また自分のコンビニ弁当に向き直る。その横顔がなんだか少し羨ましそうで、思わず心の中で「一緒に作りましょうか」と言いかけた。もちろん、口には出していない。
水曜日のおべんとうは、会社の疲れを半分引き受けてくれる。残り半分の週を乗り越えるための、小さな補給だ。木曜日が来て、金曜日が来て、週末になれば少し息ができる。でもそのためにはまず、今日のお昼を丁寧に食べることが大事なのかもしれない。
おべんとうを作ることは、明日の自分への手紙みたいなものだと思う。前の夜に少し準備しておくだけで、翌朝の台所がずいぶん楽になる。照り焼きのタレを合わせておく、ブロッコリーを茹でておく、それだけでいい。完璧じゃなくていい。だし巻きが多少よれていても、ごはんが少し多めでも、蓋がきちんと閉まれば十分だ。
水曜日という日が、もう少しだけ好きになれるかもしれない。そんな一箱を、今日もそっと鞄に入れて家を出る。
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