
朝、目が覚めた瞬間に気づく。今日は金曜日だ。
カーテンの隙間から差し込む8月の朝の光が、フローリングの上に細長い縞を描いていた。まだ7時前なのに、すでに空気がじっとりと重い。扇風機の風が首のあたりをかすめるたびに、かろうじて夏の朝だと実感する。そして同時に思う。ああ、明日は休みだ、と。
「やっと金曜日」
——そんな言葉が、今日のお弁当ブログのどこかに書いてありそうな一文だけれど、本当にそうなのだ。月曜日から積み上げてきた疲労が、金曜日の朝にだけ妙な軽さに変わる。不思議な現象だと思う。
冷蔵庫を開ける。昨夜の鶏の照り焼きが少し残っていた。玉子も3個ある。ミニトマトが赤くて丸い。それだけで、なんとなく今日のおべんとうの絵が浮かんだ。
今日作るのは、「金曜日ご褒美おべんとう」と勝手に名付けた一品だ。メインは鶏の甘辛照り焼き。副菜はだし巻き玉子と、ブロッコリーのごま和え。ごはんには白ごまをひとつまみ散らす。それだけで、なんとなく丁寧な人みたいに見える。実際は前夜の残りを詰めているだけなのだが、それは内緒である。
**【簡単な作り方メモ】**
鶏もも肉は一口大に切り、醤油・みりん・砂糖を1:1:0.5の割合で合わせたタレに漬けておく。フライパンで皮目から焼き、タレを絡めながら照りが出るまで中火で仕上げる。だし巻き玉子は、卵2個に白だしを小さじ1、砂糖をひとつまみ。巻くのが苦手な人は、フライパンで半熟のまま畳むだけでも十分おいしい。ブロッコリーは電子レンジで2分加熱し、白すりごまと少量の醤油・ごま油で和えるだけ。朝の所要時間は、慣れれば15分ほど。
お弁当箱は、以前に雑貨屋「ハコノワ」で買った木目調のものを使っている。蓋を閉めると、少しだけ旅に出るような気持ちになる。架空の話ではなく、本当にそう感じるのだ。
会社に着くのは9時少し前。エレベーターを降りると、誰かがコーヒーを淹れている匂いがオフィスに漂っている。金曜日のこの匂いは、なぜか月曜日より少し甘く感じる気がする。気のせいかもしれないけれど。
お昼になると、同僚の田中さんがお弁当を広げながら「今日のお弁当、なんか豪華じゃないですか」と言った。豪華、という言葉にちょっと照れながら、「昨日の残りですよ」と答えた。すると田中さんは「それが一番うまいんですよね」と言って、自分のコンビニのおにぎりを静かに見つめた。その横顔が少しだけ哀愁を帯びていて、思わず心の中でごめんねと呟いた。
だし巻き玉子を口に入れた瞬間、ふわりと白だしの香りが広がった。子どもの頃、母が運動会の日に作ってくれたお弁当のだし巻きと、なぜか同じ匂いがした。あのとき母は、卵を巻くたびに「うまくできた」と小さくガッツポーズをしていた。そのことを、急に思い出した。
2026年のトレンドは「自分の心を満たすこと」
だという。難しく考えなくていいと思う。金曜日の昼に、自分で作ったおべんとうを静かに食べる。それだけで、十分に「自分ファースト」だ。
作り置きしておけば、お弁当作りも楽ちん。前日の夜や当日の朝に詰めるだけであっという間に完成
する。完璧じゃなくていい。彩りが少し足りなくても、形が崩れていても、それが手作りというものだ。
午後3時を過ぎると、オフィスの空気がふんわりと緩む。誰かが「明日は休みだ」と独り言のように言った。その声がフロアにやわらかく溶けて、なんとなくみんなの肩が少し下がった。金曜日の午後だけが持つ、あの独特のゆるさ。会社という場所が、週に一度だけ人間らしい顔を見せる時間帯だと思う。
帰り道、スーパーに寄って来週のお弁当の食材を少しだけ買った。鶏むね肉、卵、ピーマン。レジ袋がほんの少し重くて、それがなんだか嬉しかった。
金曜日のおべんとうは、ただの昼ごはんではない。一週間を締めくくる、小さな儀式だ。明日は休みだからこそ、今日のお弁当をちゃんと味わいたい。そう思いながら、また来週の金曜日のことを、もうすでに少しだけ楽しみにしている自分がいる。
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