
朝の6時23分。台所に立つと、昨夜の炒め物の残り香がまだかすかに漂っていた。換気扇を回すと、夏の湿った空気がふわりと入ってきて、窓の外ではもう蝉が鳴いている。月曜日を乗り越えた翌朝——火曜日の朝は、なぜかいつもより少しだけ静かな気がする。
会社に持っていくおべんとうを作り始めたのは、去年の秋ごろだった。きっかけはたいしたことじゃない。近所のコンビニで買ったサンドイッチを食べながら、「これ、自分で作ったほうが絶対おいしいな」と思っただけ。それだけのことで、気づいたら毎朝お弁当箱を開けている。
今日のメインは、鶏もも肉の甘辛照り焼き。シンプルだけど、これが一番飽きない。フライパンに油をひいて、皮目からじっくり焼く。じゅわ、という音が台所に広がって、醤油とみりんを合わせたタレを回しかけると、甘い香ばしさが一気に立ちのぼる。思わず深呼吸したくなる瞬間だ。
副菜は、ほうれん草のごま和えと、だし巻き卵。ほうれん草はさっと茹でて水気をしっかり絞る。ここをさぼると、お昼までにお弁当箱の底がびしょびしょになる——それを学んだのは、会社でお弁当箱を開けたとき、隣の席の先輩に「なんか水漏れしてない?」と言われたあの日のことだ。あの恥ずかしさは、今でも鮮明に覚えている。
だし巻き卵は、少し甘めに仕上げるのが好き。卵3個に、だし大さじ2、砂糖小さじ1、醤油少々を混ぜて、弱火でゆっくり巻いていく。コツは焦らないこと。火曜日の朝に焦ると、大抵どこかで失敗する。
ご飯は前夜に炊いておいたものを、朝にさっとレンジで温め直す。お弁当箱に詰めるとき、ご飯を少し斜めに盛ると、おかずが並べやすくなる。これは雑誌『キッチンノート』で読んだ小技で、試してみたら本当に便利だった——架空の雑誌名ではなく、実際に愛読しているあの一冊だ。おかずの色を意識して、黄・茶・緑を並べると、それだけでぐっと華やかに見える。
【火曜日のおべんとう・簡単レシピ】
**鶏もも肉の甘辛照り焼き**
鶏もも肉1枚に塩こしょうをして、フライパンで皮目から中火で5分焼く。裏返して3分焼いたら、醤油・みりん・砂糖を各大さじ1ずつ合わせたタレを加えて絡めるだけ。冷めてもやわらかく、お弁当向きの一品。
**ほうれん草のごま和え**
ほうれん草1束を塩茹でし、水気をよく絞る。すりごま大さじ2、醤油小さじ2、砂糖小さじ1で和えれば完成。前夜に作っておけば朝の時間が楽になる。
**だし巻き卵**
卵3個、だし大さじ2、砂糖小さじ1、醤油少々を混ぜ、卵焼き器で弱火からゆっくり3回に分けて巻く。急がず、丁寧に。それだけでふんわり仕上がる。
お弁当箱の蓋を閉めるとき、いつも少しだけ気持ちが整う感じがある。うまく説明できないけれど、自分の手で作ったものを持っていくというのは、小さな「がんばるぞ」を胸に入れるような行為なのかもしれない。子どもの頃、母が毎朝作ってくれたお弁当の蓋を開けるたびに感じていたあの安心感——それを今、自分で自分に渡している。
会社に着いて、昼休みにお弁当箱を開ける瞬間が、火曜日のひそかな楽しみだ。少し冷えた照り焼きの甘い香り、ごまの風味、だし巻き卵のやさしい甘さ。窓から差し込む昼の光の中で、ひとくち食べるたびに、今日もちゃんとやれそうだという気持ちがじんわり広がっていく。
火曜日は、週のまんなかへ向かう途中の、ちいさな踊り場みたいな日だと思う。だからこそ、自分で作ったおべんとうを持っていくことが、意外と大事なのかもしれない。がんばるぞ、と声に出さなくても、お弁当箱がそれを代わりに言ってくれる気がして——今朝も、台所に立った。
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