
木曜日の朝というのは、なんとも独特な空気をまとっている。月曜の重さはとうに過ぎ去り、金曜の解放感にはまだ少し届かない。窓の外ではもう夏の日差しが容赦なく照りつけていて、7時前だというのに台所の床がじんわりと温かい。そんな朝に、わたしはお弁当箱を広げる。
会社に持っていくお弁当を作り始めたのは、去年の秋ごろだった。きっかけはたいしたことじゃない。近くのコンビニが改装工事に入って、昼ごはんの選択肢がぐんと減ってしまったのだ。しぶしぶ始めたはずが、気づけばすっかり習慣になっていた。子どものころ、母が毎朝お弁当を作ってくれていた。アルミのお弁当箱に、卵焼きと小さなウインナー、それからいつもすこし斜めに切れたきゅうりの浅漬け。あの、ふわっとごまの香りがするご飯の匂いを、台所に立つたびにどこかで思い出す。
木曜日のお弁当は、「もう一息」の日のためのお弁当だと思っている。週の後半、じわじわと積み重なった疲れの中で、お昼の時間だけは自分を労わりたい。だから木曜日は、すこしだけ丁寧に作る。
今日のメニューは「鶏の梅しそ焼き弁当」。作り方はとても簡単だ。鶏もも肉を一口大に切り、梅干し(種を除いてたたいたもの)・みりん・醤油・ごま油を合わせたたれに10分ほど漬ける。あとはフライパンで中火で焼くだけ。皮目からじっくり焼いて、ひっくり返したら蓋をして蒸し焼きにする。火が通ったら仕上げに大葉を散らして、ごまをひとふり。これだけで、見た目も香りも一気に華やかになる。
副菜は前夜の残りものを活用する。冷蔵庫に眠っていたきんぴらごぼうと、だし巻き卵を薄く切ったもの。彩りにブロッコリーをさっと茹でて添えれば、ほぼ完成だ。ご飯は白米に梅干しをひとつ。シンプルでいい。シンプルが、いちばん飽きない。
お弁当箱は、少し前に「ハコノワ」というインテリア雑貨のブランドで見つけた木目調の二段タイプ。ナチュラルな色合いが気に入って、それからずっと使っている。蓋を閉めるとき、カチッという音がする。その音が、なんとなく好きだ。
職場では、お昼になるとデスクに戻って一人で食べることが多い。窓際の席から見える空は、この季節だけ午後になっても青くて高い。お弁当箱を開けると、梅としその香りがふわりと広がる。ああ、今日も作ってきてよかった、と思う瞬間だ。
そういえば先週の木曜日、お弁当箱の蓋をあけようとしたら、ロックをかけ忘れていたらしく、バッグの中でご飯とおかずが仲良く混ざり合っていた。「鶏の梅しそ混ぜご飯」として食べたが、これはこれで悪くなかった。……いや、ちゃんとロックはしよう。
木曜日の午後というのは、不思議と時間の流れがゆっくりに感じる。会議が終わって、コーヒーを一杯淹れて、また仕事に戻る。もう一息、という言葉が頭の中でぽつりと浮かぶ。でも、昼に食べたお弁当の味をどこかで引きずっているから、午後もなんとか乗り越えられる気がする。食べるということは、単に栄養を摂ることじゃなくて、自分に「よくやってる」と言い聞かせる行為なのかもしれない。
お弁当を作るのが面倒な日は、必ずある。眠い朝、時間がない朝、何もしたくない朝。そんな日は、ご飯だけ詰めて、コンビニのおかずを一品買い足せばいい。それだってお弁当だ。完璧じゃなくていい。続けることのほうが、ずっと大事だから。
木曜日の朝、まだ少し眠気の残る手でお弁当箱の蓋を閉める。カチッ。その音を聞いてから、今日も会社へ向かう。もう一息。そのひとことを、小さな箱に詰めて持っていく。
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