木曜日の会社に、ちょっと特別なおべんとうを。

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木曜日というのは、なんとも不思議な曜日だと思う。月曜日の重さも、金曜日の軽さも持ち合わせていない。週の真ん中をとっくに過ぎたのに、まだゴールが見えない。「もう一息」という言葉がいちばん似合う日、それが木曜日だ。

会社のデスクで、午後12時をすこし回ったころ。窓から差し込む秋の日差しが、薄く伸びてパソコンの画面に重なる。隣の席の田中さんがお弁当箱のふたを開けた瞬間、ふわりとごま油の香りが漂ってきた。それだけで、なんとなく気持ちがほぐれる感じがした。

お弁当って、そういう力がある。食べるより前に、においと色で、もう少しだけ頑張れる気持ちをくれる。

私がお弁当を作り始めたのは、数年前のことだった。当時、会社の近くにあった「ハコニワ食堂」というランチのお店が閉まってしまって、仕方なく始めたのがきっかけだ。最初は本当にひどかった。冷凍のから揚げをそのまま詰めて、白いごはんと一緒に持っていったら、昼には全部がくっついて、何がなんだかわからない塊になっていた。あれは正直、笑えた。笑えたけど、悲しかった。

でも、少しずつ覚えていった。

今では木曜日に持っていくお弁当を、ひそかに「もう一息弁当」と呼んでいる。自分だけの名前だ。特別なものは何も入っていない。でも、木曜日の自分に向けて、すこしだけ丁寧に作る。それだけで、なんとなく昼が楽しみになる。

レシピはシンプルでいい。たとえば、鶏むね肉の梅しそ巻き。薄く開いた鶏むね肉に、梅肉とおおぶりのしその葉を重ねて、くるりと巻いてフライパンで焼くだけ。焼き色がついたら酒と醤油を少し回しかけて、ふたをして蒸らす。5分もあればできる。冷めても味が締まって、むしろお弁当向きだ。

もう一品は、ゆで卵の塩昆布あえ。半熟に仕上げたゆで卵を割って、塩昆布とごま油をひとたらし。これだけ。箸が止まらなくなる。

ごはんには、炊くときに米1合に対して小さじ1の白だしを加えるだけで、ほんのり上品な風味になる。おにぎりにしても、そのまま詰めてもいい。

詰め方にも、ちょっとしたコツがある。仕切りをしっかり使って、色が混ざらないようにすること。緑・茶・黄色と、3色が揃うだけで見た目がぐっと整う。ブロッコリーのゆでたもの、鶏の焼いたもの、卵の黄色。それだけで、なんとなく「ちゃんとしてる感」が出る。

朝、お弁当箱のふたを閉める瞬間がすこし好きだ。カチッという音と、手のひらに伝わる軽い感触。今日も持っていける、という小さな達成感がある。

電車の中でバッグを持ち直すとき、お弁当の重さがわかる。たいした重さじゃないけれど、確かにそこにある感じがする。それが、なんとなく安心感につながる。

木曜日の昼休み、会社の給湯室でお湯を注ぎながら、同僚の山本さんがお弁当箱をのぞいて「それ、自分で作ったの?」と聞いてきた。「うん」と答えたら、「すごいね」と言われた。すごくはないけど、うれしかった。

お弁当は、作った時間が詰まっている。朝の10分、前の夜の5分。その積み重ねが、ふたを開けた瞬間に広がる。木曜日の、疲れた昼に、自分で自分に渡す小さなギフトみたいなものだ。

もう一息、という言葉は、どこかせわしない。でもお弁当を食べている15分だけは、その言葉を忘れていられる。窓の外の光が少し傾いて、ごま油の香りが残って、空のお弁当箱が軽くなる。それだけで、午後がはじまる。

今週の木曜日も、ちゃんと作ろうと思う。
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