
木曜の夜、台所に立ちながらふと思った。明日は金曜日だ。そして明日は休みだ、という言葉が頭の中で静かに広がっていった。週の終わりのその感覚は、子どもの頃に夏休み前日に感じたあの軽さに少し似ている。ランドセルを下ろしたときの、肩がふわっと軽くなるあの感じ。大人になっても、それはどこかに残っているものだと思う。
だから今週の金曜日のおべんとうは、少しだけ丁寧に作ることにした。いつもはご飯を詰めて、冷蔵庫の残り物をとりあえず並べて終わり。でも今日だけは違う。
まず用意したのは、鶏もも肉。皮目をしっかりフライパンに押しつけて、パチパチと音を立てながら焼いていく。その音と、醤油とみりんが混ざった甘辛い香りが台所に漂いはじめると、なんだか気持ちが落ち着いてくる。不思議なもので、料理をしているときの音と香りというのは、その日一日の疲れをすこしずつほどいてくれる気がする。
【金曜日の自分ご褒美おべんとう・簡単な作り方】
①鶏もも肉(1枚)を一口大に切り、醤油・みりん・はちみつ各大さじ1で漬け込む(10分程度)。フライパンで皮目から焼き、しっかり火を通す。
②卵2個をふんわり炒り卵にする。バターをひとかけ加えると、口当たりがぐっとやわらかくなる。
③ブロッコリーをさっと塩茹でし、粗熱を取る。仕上げにごま油を少量まわしかけると香りが立つ。
④ご飯は白米に黒ごまを混ぜて詰める。梅干しをひとつ、中央にのせると見た目も引き締まる。
おかずの数は多くなくていい。三品あれば十分だと、最近ようやく気づいた。
弁当箱は、雑貨ブランド「ハコノワ」の木目調の二段タイプを使っている。ふたを開けたとき、会社のデスクの上でそれがちょっと映えるのが、地味にうれしい。同僚に「それどこの?」と聞かれたことがあって、なんだかくすぐったい気持ちになった。ちなみにそのとき答えようとして「えっと……ハコ……ハコの……」と噛んでしまったのは、ここだけの話だ。
翌朝、6時半。台所の窓から差し込む6月の朝の光はもうすっかり夏めいていて、白いカーテン越しに柔らかく広がっていた。昨夜詰めておいたおべんとうを冷蔵庫から出して、保冷バッグに入れる。その冷たさが手のひらに伝わってくる感触が、なんとなく好きだ。
会社に着いて、昼になる。同僚たちがコンビニの袋を提げて戻ってくる中、自分だけ静かにバッグからおべんとうを取り出す。ふたを開けたとき、朝の台所の香りがほんのりと蘇ってくる気がした。鶏の照り焼きはちゃんと飴色になっていて、黒ごまのご飯の上の梅干しは少しだけ崩れていたけれど、それでよかった。
金曜日の昼休みというのは、週の中でいちばん穏やかな時間かもしれない。明日は休みだという事実が、食べるものをいつもより少しおいしくしてくれる。
自分のために作るおべんとうは、誰かに褒めてもらうためのものではない。ただ、木曜の夜に少しだけ丁寧に過ごした時間が、翌日の昼にそのまま届く。それだけのことなのに、なぜかじんわりと満たされた気持ちになる。
週の終わりに、一度だけ試してみてほしい。金曜日のおべんとうは、自分へのいちばん小さなご褒美になる。
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