
木曜の夜、台所に立ちながらふと思う。明日は金曜日だ。そして明日は休みだ——いや、正確には、明日の仕事が終われば休みが始まる。その小さな光を胸に抱えながら、冷蔵庫を開けた。
夜の九時すぎ、キッチンの換気扇だけが低く回っている。窓の外はまだ蒸し暑く、風もほとんどない。梅雨が明けてからというもの、東京の夜はずっとこんな感じだ。子どものころ、夏の夜は縁側で祖母と並んで風鈴の音を聞いていた記憶がある。あのころの夏はもっと涼しかった気がするけれど、それは記憶というものが都合よくできているからかもしれない。
冷蔵庫の中には、鶏もも肉が一枚と、半端に残ったパプリカ、それからたまごが三つ。これだけあれば十分だ、と思った瞬間、冷凍庫の奥に先週買ったブロッコリーが眠っているのを発見した。危うく忘れるところだった。
**金曜日のおべんとう:鶏の甘辛照り焼きと彩り野菜のお弁当**
作り方はとてもシンプルだ。
鶏もも肉は一口大に切り、フライパンにごま油を少量ひいて皮目から焼く。焼き色がついたら、しょうゆ・みりん・砂糖を2:2:1の割合で合わせたタレを回しかけ、蓋をして弱火で三分。最後に強火でタレをからめれば、照りが出てくる。これだけで、もうお弁当の主役ができあがる。
パプリカは細切りにしてオリーブオイルで炒め、塩とブラックペッパーで味をつける。色が鮮やかなままで仕上げるには、強火で短時間が鉄則だ。ブロッコリーは塩茹でして水気をよく切る。たまごは甘めの出汁巻きにした。砂糖をひとつまみ多めに入れるのが、わたしなりのこだわりだ——もっとも、今日はうっかり入れすぎて、巻いている途中でじわっと崩れかけた。なんとか形を保ったけれど、断面はすこし不格好だった。まあ、蓋を閉めれば見えない。
お弁当箱は、インテリア雑貨ブランド「ノルトハウス」の杉材のランチボックスを使っている。ふたを開けるたびに、かすかに木の香りがする。それだけで、会社の昼休みが少しだけ豊かになる気がしている。
詰め方にも少しだけ気を使う。白いご飯を奥に寄せ、手前に鶏の照り焼きを並べる。隙間にパプリカとブロッコリーを押し込んで、出汁巻きたまごを端に添える。色のバランスは、赤・黄・緑・茶の四色を意識するだけで、ぐっと見栄えがよくなる。
金曜日のお弁当は、週のなかでいちばん丁寧に作りたいと思っている。月曜から積み重なった疲れが、昼休みの三十分にすこし溶けていく。会社のデスクで蓋を開けたとき、木の香りと照り焼きのにおいがふわっと広がる、あの瞬間のために。
隣の席の同僚が「いいにおいですね」とのぞき込んでくる。そんな何気ないひとことが、金曜日の午後をすこし軽くしてくれる。
明日は休みだ。だから今夜は、すこしだけていねいに、お弁当を作る。それだけで、明日の自分がすこし優しくなれる気がするから。
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