
目覚ましが鳴る。カーテンの隙間から、10月の朝の光がうっすらと差し込んでいた。秋の朝特有の、少し冷えた空気が鼻先をかすめる。ああ、月曜日だ。布団の中で数秒だけ現実から逃げようとしたけれど、今日は会社で朝イチから打ち合わせがある。気合いを入れなければならない日だった。
そういう朝に限って、なぜかキッチンに立つと少し背筋が伸びる。
冷蔵庫を開けると、昨夜のうちに仕込んでおいたおかずたちが静かに並んでいた。鶏のから揚げ、ほうれん草のごま和え、卵焼き。どれもたいしたものじゃないけれど、月曜日の朝にこれだけ揃っているのは、自分にとって小さな勝利だ。フライパンを火にかけると、ごま油の香りがふわっとキッチンに広がった。その香りだけで、なんとなく今日一日がうまくいく気がしてくる。不思議なものだ。
お弁当箱は、去年の秋に雑貨屋「ハコノワ」で見つけた、くすんだオリーブグリーンの曲げわっぱ。蓋を開けるたびに木の香りがほんのりして、それだけで昼休みの気分が少し上がる。ご飯をふんわりよそって、おかずをひとつずつ丁寧に詰めていく。この作業が、月曜日の朝の気合いを入れる儀式みたいになっていた。
今日のメインは鶏のから揚げだ。作り方はとてもシンプルで、鶏もも肉を一口大に切り、醤油・みりん・にんにく・しょうがで15分ほど漬け込む。片栗粉をまぶして、170度の油でじっくり揚げるだけ。外はカリッと、中はじゅわっとした仕上がりになる。前日の夜に揚げておいて、翌朝に詰めるだけでいい。ポイントは、揚げたあとにキッチンペーパーでしっかり油を切ること。お弁当箱の中が油っぽくならず、冷めてもおいしさが保てる。
ごま和えは、ほうれん草を電子レンジで2分加熱して水気を絞り、すりごまと醤油と砂糖を少量混ぜてあえるだけ。卵焼きは、だし・砂糖・塩を混ぜた卵液を、フライパンで三回に分けて巻いていく。焼き上がったら巻きすで形を整えれば、きれいな四角になる。どれも10分もあればできてしまう。
ただ、今朝はひとつだけやらかした。卵焼きを巻き終えて皿に移そうとした瞬間、フライ返しがつるりと滑って卵焼きが半分崩れてしまった。「…まあ、味は変わらないし」と心の中でつぶやきながら、崩れた部分をそっとお弁当箱の隅に押し込んだ。形よりも気持ち、ということにしておく。
お弁当を包む布は、実家の母が昔使っていた紺色の風呂敷だ。子どもの頃、母がお弁当を包む音──布がシュッとこすれる音と、結び目をきゅっと引き締める音──が朝の合図だった。あの頃は気にも留めなかったのに、今になってその音を思い出すと、なんだか胸の奥があたたかくなる。
会社に着いて、デスクに鞄を置く。打ち合わせを終えて昼休みになると、自分のお弁当箱を取り出すのがちょっとだけ楽しみになっている。蓋を開けた瞬間の、木とごま油のまじった香り。窓の外には、色づきはじめた銀杏の葉が見えた。10月の昼の光は柔らかくて、お弁当箱の中のおかずをやさしく照らす。
月曜日に気合いを入れる方法は人それぞれだ。好きな服を着るとか、いつもより早く出社するとか。でも私にとってそれは、朝の静かなキッチンで、自分のためだけにお弁当を詰める時間なのかもしれない。誰かに褒めてもらうわけでもなく、インスタに上げるわけでもなく、ただ自分が昼に「よかった」と思えるための一箱。それだけで、月曜日はずいぶんと軽くなる。
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