
目が覚めたのは、土曜日の朝7時ちょうどだった。カーテンの隙間から差し込む光が、畳の上に細長い長方形を描いていて、それがなんとなく「今日は外に出なさい」という合図に見えた。前日の夜、友人のさやかから「明日、河川敷でのんびりしない?」とメッセージが届いていた。二つ返事で了承したものの、起き抜けに気づく——お弁当、何も考えていなかった。
冷蔵庫を開けると、卵が4個、鶏もも肉が半分、それからほうれん草と残りのにんじん。決して豊かな在庫ではないけれど、これで十分だと思った。子どもの頃、母が運動会の朝に黙々とお弁当を作っていた記憶がある。台所に立つ背中が、朝の光の中でやけに大きく見えた。あの日の卵焼きの甘い香りが、今でも鼻の奥にふっと戻ってくることがある。
まずは鶏の照り焼きから取りかかる。もも肉に塩を振り、フライパンに油を引いて皮目から焼く。じわじわと脂が溶け出す音が台所に広がって、それだけで気持ちが少し前向きになった。醤油、みりん、砂糖を合わせたたれを絡めると、艶やかな焦げ茶色に仕上がる。火を止めて粗熱を取っている間に、卵焼きの準備。だし、砂糖、醤油少々を溶き卵に混ぜて、卵焼き器でくるくると巻いていく。三回目の巻きで少し崩れかけたのはご愛嬌で、まあ、形より味だと自分に言い聞かせた。
ほうれん草はさっと茹でて水気を絞り、ごまと醤油で和える。にんじんはきんぴらに。細切りにして、ごま油で炒め、砂糖と醤油で味をつける。これだけでお弁当の色どりが一気に豊かになる。白いご飯をぎゅっと詰めて、おかずを並べると、思いのほか立派な一段重になった。お弁当箱は、以前インテリア雑貨店「モリノテ」で見つけた曲げわっぱ。木の香りがほんのりして、ご飯がいつもより美味しく感じられる気がする——気がする、というのが正直なところだけれど。
河川敷には10時過ぎに着いた。10月の野外は、日差しは柔らかくても風には確かな冷たさがある。さやかはすでにブランケットを広げて待っていて、「遅い」と言いながらも笑っていた。レジャーシートに腰を下ろすと、枯れ草の匂いと川の湿った空気が混ざり合って、肺の奥まで秋が入ってくるような感覚があった。
お弁当の蓋を開けた瞬間、さやかが「わあ」と小さく声を上げた。それだけで、朝の慌ただしさが報われる気がした。鶏の照り焼きを一口食べた彼女が、何も言わずにもう一切れ手を伸ばしたのが、どんな言葉よりも雄弁だった。友人と遊ぶ時間の中で、こういう無言の瞬間がいちばん好きだと思う。
空は薄い水色で、雲がゆっくりと流れていた。遠くで子どもたちの声がして、自転車のベルが一度鳴って、また静かになった。土曜日の午前中にしか存在しない、あの独特のゆるやかさの中で、わたしたちはお弁当を食べ、とりとめのない話をして、気づけば1時間以上が過ぎていた。
野外でお弁当を広げるのに、特別な準備はいらない。冷蔵庫の残り物と、少しの時間と、一緒に食べてくれる誰か。それだけで、土曜日の朝はじゅうぶんに輝く。
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