
金曜日の朝は、なんとなく空気が違う。
目覚ましが鳴る前にふっと目が開いて、カーテンの隙間から差し込む六月の朝の光が、いつもより少しだけ柔らかく見える気がする。今週も会社に行く。でも今日が最後だ。そう思うだけで、台所に立つ足取りがほんの少し軽くなった。
冷蔵庫を開ける。昨夜の残りの鶏の照り焼きが小皿に乗っている。ほうれん草のおひたしも半分残っている。ゆで卵を一個作れば、もうそれだけでお弁当の骨格ができあがる。金曜日のお弁当は、週の終わりに冷蔵庫の中を「ちょうど使い切る」という小さな達成感も一緒に詰め込める、特別な一箱だ。
フライパンに油を引いて、卵を落とす。白身がじわじわと固まっていく音、しゅわっという小さな音が台所に広がる。窓の外では、どこかの家の犬がのんびりと吠えている。六月の朝の湿った空気が、換気扇から少しだけ流れ込んでくる。梅雨前のこの季節特有の、少し青くて重い匂い。嫌いじゃない。
お弁当箱は「ツバキヤ」というブランドの、蓋が木製になっている二段のものを使っている。見た目が好きで買ったのに、最初の一週間は蓋の開け方がわからなくて、会社の昼休みにひとりで格闘した。隣の席の先輩に「どうしたんですか」と覗き込まれて、「いや、なんでもないです」と答えながら内心かなり焦った記憶がある。あれは恥ずかしかった。
下の段にご飯を詰める。梅干しをひとつ、真ん中に置く。上の段には照り焼きチキン、ほうれん草のおひたし、半熟ぎみのゆで卵を半分に切って並べる。彩りが足りないと思ったら、ミニトマトを二個転がしておけばいい。それだけで、なんとなく「ちゃんとしたお弁当」に見える。
金曜日のお弁当を作るとき、子どもの頃のことをふと思い出す。母が毎朝早起きして作ってくれたお弁当の、あの卵焼きの甘い香り。アルミのお弁当箱が少し温かくて、ランドセルの中でかすかに揺れる感触。あの頃は当たり前だと思っていたものが、今になってどれだけ手間のかかるものだったかがよくわかる。だから今日も、丁寧に詰める。
会社に着いて、昼になって、お弁当箱の蓋を開ける瞬間が好きだ。朝の台所の記憶が、ふわっと立ち上がってくる感じ。冷めても美味しいのがお弁当のいいところで、照り焼きチキンは少し冷えたほうがタレが絡んで、むしろご飯が進む。
そして金曜日のお弁当には、もうひとつ特別な意味がある。食べ終えたあとに、「明日は休みだ」という言葉が自然と浮かんでくること。その四文字が、お弁当の最後のひとくちをいつもより少しだけ美味しくしてくれる。
簡単に作れる「金曜日のおべんとう」の基本を書いておく。ご飯は前夜に炊いておき、朝は詰めるだけにしておくと楽だ。おかずは「茶色・緑・赤」の三色を意識すると、栄養バランスも見た目も整いやすい。照り焼きチキンはもも肉を一口大に切って、醤油・みりん・砂糖を同量で絡めて焼くだけ。ほうれん草は前夜にゆでて絞っておけば、朝は醤油とごまで和えるだけで完成する。卵はゆでておくか、朝に目玉焼きを一枚焼いてもいい。
手間をかけすぎないこと。それが、毎週続けるためのいちばんのコツかもしれない。
金曜日の夜、空になったお弁当箱を洗いながら、また来週も作ろうと思う。明日は休みだから、今夜は少しだけゆっくり眠れる。それだけで、十分だ。
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