
木曜の夜、冷蔵庫の前でぼんやり立ち尽くしたことがある人は、きっと少なくないと思う。残り物のブロッコリー、半端に余った豚こまと、開けかけのだし醤油。それらを眺めながら「明日は金曜日だ」と気づいた瞬間、不思議と気持ちが少し軽くなった。週の終わりというだけで、なぜあんなに救われるのだろう。
金曜日のおべんとうは、なんとなく特別だ。月曜の緊張も、水曜の疲れも、木曜の「あと一日」という切迫感も、金曜の朝にはどこかやわらかくほぐれている。会社の昼休み、窓際の席でふたを開けたとき、ほんの少し「今日だけのごほうび」を感じられるようなおべんとうを作りたい——そう思ったのは、たしか去年の秋口のことだった。
子どものころ、母が金曜日だけ必ず卵焼きを甘めに作ってくれていた。「週末だから」と言っていたが、今思えば特に理由はなかったのかもしれない。ただ、その甘さが「明日は休みだ」という合図のように感じられて、弁当箱を開けるのが楽しみだった。大人になった今も、金曜のおべんとうには、そういう小さな「しるし」を入れたくなる。
今回提案したいのは、「金曜日の冷蔵庫一掃のり弁」だ。難しいことは何もない。ポイントはただひとつ、海苔とだし醤油の香りに任せること。
**【金曜日の冷蔵庫一掃のり弁・簡単な作り方】**
まず温かいご飯を弁当箱に詰め、かつお節をひとつまみ散らして、だし醤油を数滴たらす。その上に全形の焼き海苔をちぎって重ねる。この時点でもう、台所に漂うだしの香りが食欲を刺激してくる。次に、前夜の残り物や冷蔵庫の在庫を使ったおかずを並べていく。豚こまを甘辛タレで炒めたものでも、ブロッコリーの塩ゆでだけでも十分。彩りが寂しければ、プチトマトを二粒転がすだけで見た目がぐっと変わる。卵焼きは砂糖をほんの少し多めに入れて、今日だけは甘めに。それが「金曜日仕様」のサインだ。
ちなみに先週、卵焼きを巻こうとして完全に失敗し、なんとも言えない「スクランブルエッグ風卵焼き」が完成した。味は同じなのに、どこか申し訳ない気持ちになりながら詰めた。会社でふたを開けた同僚に「これ、新しいスタイル?」と聞かれたのは、今となっては笑い話である。
弁当箱は、最近「ハコノワ」というインテリア雑貨ブランドで見つけた杉材の曲げわっぱを使っている。木の温もりが手のひらにじんわり伝わってきて、それだけで昼休みが少し豊かになる気がする。蓋を開けるたびに、かすかに木の香りと海苔の香りが混ざり合って鼻をくすぐる。たったそれだけのことが、会社の喧騒の中でほっと息をつかせてくれる。
金曜日のおべんとうは、豪華でなくていい。完璧でなくていい。むしろ、ちょっとした隙間に詰め込んだ「今週もよくやった」という気持ちが、一番のおかずになる。明日は休みだと知っているから、ご飯の味がいつもより少しだけ深く感じられる。
午後の会議を終えて、少し冷えた空気の中を駅まで歩きながら、「来週の金曜はなにを作ろうか」とぼんやり考えている自分に気づく。それはきっと、おべんとうが単なる食事ではなく、一週間を締めくくる小さな儀式になっているからだと思う。
来週の金曜日も、だし醤油を一滴たらして、海苔をちぎって、甘い卵焼きを詰めよう。それだけで、月曜からの五日間が、少しだけ楽しみになる。
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