
木曜日の夜、キッチンに立ちながらふと思う。明日は金曜日だ。
会社の週はあと一日。そう考えただけで、なぜかすこし体が軽くなる気がした。明日は休みだ、という予感がもう、今夜から漂いはじめている。冷蔵庫を開けると、残り物の鶏もも肉と卵が三つ。それから冷凍ほうれん草。ちょうどいい、と思った。金曜日のおべんとうは、週の疲れを抱えたまま食べるものだから、せめて中身だけでも少しだけ丁寧に作りたい。
鶏の唐揚げから始める。鶏もも肉を一口大に切り、醤油・酒・すりおろし生姜を揉み込んで10分ほど置く。それだけでもう、キッチンに香りが広がる。生姜と醤油が混ざったあの匂いは、なぜか子どもの頃の記憶を連れてくる。小学校の遠足の朝、母が台所に立っていて、まだ眠い目をこすりながら「何が入ってるの」と聞いたこと。「唐揚げだよ」という答えに、それだけで遠足が楽しくなった、あの感覚。
片栗粉をまぶして、電子レンジで加熱するだけ。油を使わないヘルシー仕上げで、忙しい夜でも無理なく作れる。並行して卵焼きを焼く。少し甘めに、だし少量と砂糖ひとつまみ。フライパンの上でじわじわと固まっていく卵の、あの淡い黄色が好きだ。
副菜はほうれん草のごま和え。冷凍のまま電子レンジにかけて、水気を絞り、すりごまと醤油とみりんで和えるだけ。5分もかからない。こういう簡単さが、続けるコツだと最近ようやく分かってきた。
お弁当箱は、インテリア雑貨ブランド「ハコノワ」で買ったウォールナット調のものを使っている。ふたを開けるたびに、少しだけ気分が上がる。金曜日には、それくらいの小さなご褒美がちょうどいい。
詰める順番にも、なんとなくこだわりがある。まず唐揚げをどんと置いて、卵焼きを斜めに立てかけ、ほうれん草のごま和えで隙間を埋める。プチトマトを二つ転がして、色のバランスを整えたら完成だ。
翌朝、会社へ向かう電車の中で、バッグの中のお弁当箱がほんの少しずれているのに気づく。昨夜、蓋をしめたつもりが甘かったらしい。中身が傾いているかもしれないと思いながら、でも今さらどうにもならないと諦める。(唐揚げよ、無事でいてくれ、と心の中でそっとつぶやいた。)
昼休み、会社のデスクでそっとふたを開けると、唐揚げはちゃんと鎮座していた。ほうれん草が少し端に寄っていたけれど、それはご愛嬌。窓から差し込む午後の光が、お弁当箱の中に落ちて、卵焼きの黄色をやわらかく照らしていた。
金曜日のお昼ごはんは、なんとなく特別に感じる。週の終わりを、自分で作ったものと一緒に過ごすというのは、小さいけれど確かな豊かさだと思う。明日は休みだ。だからこそ今日のお弁当を、ちゃんと味わいたい。一口食べるたびに、昨夜のキッチンの生姜の香りがよみがえってくる。
難しいことは何もない。冷蔵庫にあるもので、10分あれば形になる。それが、金曜日のおべんとうの正解かもしれない。
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