
木曜日の朝というのは、不思議な引力がある。月曜日の重さはとうに過ぎて、でも金曜日にはまだ届かない。あと一息、という言葉がぴったりくる、一週間でいちばん正直な朝だと思う。
目覚ましが鳴って、カーテンの隙間から差し込む光が妙に白くて冷たかった。十月末の朝の空気は、吸い込むたびに肺の奥がすっとする。駅に向かう道には、昨夜の雨に濡れた銀杏の葉が貼り付いていて、踏むたびにかすかな音がした。そういう朝に、鞄の中にお弁当箱がひとつ入っているだけで、なぜかすこしだけ背筋が伸びる気がする。
お弁当を作り始めたのは、会社の近くのコンビニでふと自分の買い物かごを見たのがきっかけだった。サンドイッチとペットボトルのお茶と、なんとなく手に取ったチョコレート。合計で八百円近くになっていた。毎日これか、と思ったら急に虚しくなって、その翌朝から台所に立つようになった。最初は卵焼きをひっくり返すタイミングを盛大に失敗して、フライパンの上でぐずぐずになった卵をそのままご飯に乗せてごまかしたこともある。それはそれで美味しかったのだけれど。
木曜日のお弁当には、ちょっとした「がんばり」を込めるようにしている。週の後半、もう一息で週末という日だからこそ、月曜日よりも少しだけ丁寧に詰めたくなる。
提案したいのは、「鮭と根菜の混ぜごはん弁当」だ。作り方はとても簡単で、炊きたてのご飯に焼き鮭をほぐして混ぜ、細切りにしたごぼうとにんじんのきんぴらを一緒に和えるだけ。きんぴらは前日の夜に作っておけば、朝は混ぜるだけで五分もかからない。仕上げに白ごまをひとつまみ散らすと、香ばしさがふわりと立ち上がって、朝の台所がほんの少し豊かな場所になる。副菜は、だし醤油で和えたほうれん草のおひたしと、小さな梅干しをひとつ。シンプルだけれど、これだけで昼になるのが楽しみになる。
お弁当箱は、木製のものが好きだ。インテリア雑貨ブランド「モリノテ」のオーク材のランチボックスを使っているのだが、蓋を開けるたびに木の香りがほのかに漂って、それだけで気持ちが落ち着く。プラスチックの弁当箱とは、なんとなく食べる前の気分が違う。
会社のデスクで蓋を開ける瞬間が、木曜日のいちばん好きな時間かもしれない。隣の席の同僚が「いい匂いする」とこちらを見て、少し羨ましそうな顔をする。その顔を見るのが、密かな楽しみになっている。
お弁当を作るということは、朝のほんの十五分を自分のために使うということでもある。会社に向かう前の、誰にも邪魔されない静かな時間。ごはんを詰めて、おかずを並べて、蓋を閉める。その小さな一連の動作が、なぜか一日を始める儀式のように感じられる。
木曜日は、一週間の中でいちばん「もう一息」という言葉が似合う日だ。だからこそ、昼のお弁当がちゃんとしていると、午後の会議も少しだけ乗り越えやすくなる。誰かに作ってもらうのではなく、自分で作った、という小さな事実が、思いのほか心の支えになるものだ。
金曜日はもうすぐそこにある。今夜、きんぴらを少し多めに作っておこう。
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