
水曜日の朝は、なんとなく重い。月曜日の緊張はとっくに溶けているのに、金曜日の解放感にはまだ届かない。週の折り返しというのは、地図で言えばちょうど峠の頂上みたいなもので、登りきったのか、まだ登っているのか、よくわからない場所に立たされている感じがする。そんな朝に、ふと思うのだ。今日のお弁当、何にしよう、と。
会社に持っていくお弁当を作り始めたのは、三年ほど前のことだった。きっかけは些細なことで、近所のスーパーで買ったお惣菜が、なんとなく自分の気分と合わなかっただけ。それだけのことで台所に立ち始めたのだから、人間の行動というのは案外、ちっぽけな違和感から始まるものかもしれない。
水曜日の朝六時半。まだ薄暗い台所に立つと、窓の外から金木犀に似た甘い香りが漂ってくる。八月の末だというのに、どこかの庭木がもう秋の準備を始めているらしい。冷蔵庫を開けると、前夜に炊いておいたご飯と、作り置きの鶏のそぼろが目に入る。今日はこれでいこう、と決めるまでに三秒もかからなかった。
作り方はとにかくシンプルだ。そぼろ弁当は、鶏ひき肉を酒・みりん・醤油・砂糖で炒り煮するだけ。フライパンに菜箸を四本入れてかき混ぜながら、中火で水分を飛ばしていく。卵そぼろは別のフライパンで、溶き卵に砂糖と塩を加えて同じように炒り上げる。仕上げに、茹でたいんげんを斜め切りにして彩りとして添えれば、それだけで弁当箱の中がぱっと明るくなる。所要時間は十五分。週の折り返しの朝にちょうどいい、がんばりすぎない手間だと思っている。
弁当箱に詰めながら、ふと子どもの頃のことを思い出した。遠足の前の夜、母が台所でお弁当の準備をしていた光景。あの頃の台所は、もっと狭くて、もっと温かかった。アルミのお弁当箱に詰められたたこさんウインナーが、なぜかやたらと誇らしく見えたものだ。今の自分のお弁当には、たこさんウインナーは入っていないけれど、あの「明日が楽しみ」という気持ちだけは、少し似ているかもしれない。
弁当箱は、最近お気に入りの「ナカムラ工藝」というブランドの曲げわっぱを使っている。杉の木の淡い香りが、ご飯に移るのがいい。蓋を閉めると、ほんのり木の温もりが手のひらに伝わってくる。ランチタイムに蓋を開けるたびに、その香りがふわっと広がって、なんだか深呼吸したくなる。
会社に着いて、昼休みにそのわっぱを開ける瞬間が、水曜日のひそかな楽しみになった。同僚の田中さんが「また手作り?すごいね」と言いながら、コンビニのサンドイッチを片手に少しだけ悔しそうな顔をする。その顔が毎週水曜日に見られるのも、正直なところ、悪くない。ちなみにある日、蓋を開けたら卵そぼろを入れ忘れていたことがあって、黄色がない弁当箱を前に一人でしばらく固まってしまった。あれはさすがに、週の折り返しにしては少し痛い出来事だった。
水曜日のお弁当に正解はない。豪華でなくていい。映えなくていい。ただ、自分の手で詰めたひと箱が、午後の仕事を乗り越えるための、静かな燃料になってくれればそれでいい。峠を越えた先には、必ず下り坂がある。木曜日、金曜日、そして週末へ。その道のりを、今日もわっぱのお弁当と一緒に歩いていく。
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