火曜日の朝、おべんとうに込める小さな決意

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火曜日の朝は、週のはじまりとも終わりともつかない、どこか中途半端な気分になる。月曜の緊張がほどけて、けれどまだ金曜日の開放感には遠い。そんな曖昧な朝に、私はキッチンに立っておべんとうを作っていた。窓の外はまだ薄暗く、冷蔵庫を開けるたびに白い光が床に落ちる。その光の中で、昨夜のうちに茹でておいた卵が静かに冷えている。

会社に持っていくおべんとうは、誰かに見せるためのものではない。SNSに載せるわけでもなければ、誰かと交換するわけでもない。ただ、自分のために作る。それだけのことだけれど、朝のこの時間には小さな意味がある。「今日もがんばるぞ」という気持ちを、ご飯粒ひとつひとつに詰め込むような、そんな儀式めいた行為だ。

今日のメニューは鶏むね肉の照り焼きと、ほうれん草のごま和え、卵焼き、それにプチトマト。特別なものは何もない。けれど、この組み合わせには理由がある。鶏むね肉は前の晩に塩麹に漬けておいたもので、フライパンで焼くと表面がこんがりと色づき、甘辛いタレが絡んで香ばしい匂いが立ち上る。その匂いに誘われて、まだ寝ぼけ眼だった意識がようやく目覚める。

卵焼きを作るとき、私はいつも少しだけ砂糖を多めに入れる。子どもの頃、母が作ってくれたおべんとうの卵焼きがそうだったから。甘い卵焼きを口に入れると、なぜか「大丈夫」という気持ちになる。根拠のない自信かもしれないけれど、それでもいい。火曜日には、そういう小さな支えが必要だ。

ほうれん草のごま和えは、茹でたほうれん草を軽く絞って、すりごまと醤油、少しの砂糖で和えるだけ。シンプルだけれど、ごまの香りが口の中に広がると、なんだかほっとする。緑の野菜が入っているだけで、おべんとう全体のバランスが整って見えるから不思議だ。

プチトマトは洗って詰めるだけ。これは手抜きではなく、赤い色を添えるための戦略である。おべんとう箱の中に赤があるだけで、見た目が一気に華やぐ。そして何より、昼休みに蓋を開けたとき、トマトがころんと転がり出そうになるあの瞬間が好きだ。慌てて箸で押さえる、あのちょっとした緊張感。

おべんとう箱に詰めていく作業は、パズルに似ている。ご飯を敷いて、おかずを配置して、隙間を埋めていく。きっちり詰めすぎると蓋が閉まらないし、隙間が多すぎると持ち運ぶときに中身が動いてしまう。ちょうどいい塩梅を探りながら、少しずつ形を整えていく。この朝の静かな時間が、実は嫌いじゃない。

会社のデスクでおべんとうを広げるとき、周りの視線を感じることもある。コンビニで買ったサンドイッチや、外食に出かける人たちの中で、おべんとうを食べるのは少し勇気がいる。でも、蓋を開けた瞬間に立ち上る湯気と、ご飯の温かさ——といっても昼にはすっかり冷めているのだけれど——は、何にも代えがたい。

ある火曜日の朝、私は卵焼きをひっくり返そうとして、フライ返しを盛大に床に落とした。カランと乾いた音が静かなキッチンに響き、まだ寝ている家族を起こしてしまわないかとひやりとした。幸い誰も起きてこなかったけれど、そのあとしばらく、床に落ちたフライ返しを拾うべきか、それとも卵焼きを優先すべきか、妙に真剣に悩んでいた自分がおかしかった。

最近、職場の給湯室で「ラルーチェ」というイタリア風のインスタントスープを見つけた。トマトとバジルの香りが効いていて、おべんとうと一緒に飲むとちょうどいい。温かいスープがあるだけで、昼休みの時間が少しだけ豊かになる気がする。

火曜日は、まだ週の半ばにも届いていない。疲れもたまっていないけれど、やる気が満ちているわけでもない。そんな日だからこそ、おべんとうに「がんばるぞ」という気持ちを詰め込む。誰に見せるわけでもない、小さな決意。それが、火曜日を乗り切るための、私なりの方法なのかもしれない。

朝、キッチンに立って、フライパンの音を聞きながら、今日一日のことを考える。会議があるとか、締め切りが迫っているとか、そういう具体的なことではなく、ただ「今日も一日、ちゃんと過ごそう」という漠然とした思い。おべんとうを作ることは、その思いを形にする行為なのだと思う。
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