
日曜日の朝、窓から差し込む光が少しだけ斜めになっている。まだ春先の空気は冷たく、でも確実に季節が動いている気配がある。そんな朝に、野外へ出かける予定があると、なぜか前の晩から少しだけそわそわしてしまう。家族でどこかへ行くという予定は、大人になってからも不思議と心を軽くさせる。そしてそんな日の主役は、間違いなく「おべんとう」だ。
野外で食べる弁当には、特別なルールがある。凝りすぎてはいけないし、かといって手を抜きすぎても物足りない。冷めても美味しいこと、箸が進むこと、そして何より、開けた瞬間に「おお」と声が出るような彩りがあること。それだけで、ただのおにぎりも唐揚げも、いつもの数倍美味しく感じられるから不思議だ。
私がよく作るのは、鶏の照り焼きをメインにしたシンプルな構成の弁当だ。鶏もも肉を一口大に切り、醤油、みりん、砂糖、それから少しだけ生姜を加えたタレに漬け込む。朝起きてすぐにフライパンで焼き始めれば、家の中に香ばしい匂いが広がって、まだ寝ぼけている家族も自然とキッチンに寄ってくる。照りが出るまでじっくり焼いて、最後に白ごまをぱらりと振る。それだけで、見た目も味も一気に「弁当のメイン」になる。
副菜には、卵焼きと茹でたブロッコリー、それからプチトマトを入れる。卵焼きには、少しだけ白だしを混ぜておくと、冷めても優しい味がする。ブロッコリーは塩を効かせた湯で茹でて、水気をしっかり切っておく。これが意外と大事で、水っぽくなると他のおかずまで影響を受けてしまう。プチトマトはヘタを取って、キッチンペーパーで拭いてから詰める。この小さな手間が、食べるときの気持ちよさにつながっている。
ご飯には、梅干しと塩昆布を混ぜ込んだおにぎりを作る。海苔は別に持っていって、食べる直前に巻くのがいい。パリッとした食感が残るし、何より「今から食べる」という儀式めいた瞬間が生まれる。子どもの頃、母が作ってくれた弁当にも必ず海苔が別包装されていて、それを巻く瞬間がいつも楽しみだった。あの記憶が、今も自分の弁当作りに影響しているのかもしれない。
先日、家族で近くの「カルヴェロ公園」という小さな丘のある場所へ出かけた。名前だけは立派だが、実際にはただの芝生広場で、遊具もなければ売店もない。でもそのぶん、人も少なくて静かで、レジャーシートを広げてのんびりするにはちょうどいい。風が少し強かったけれど、日差しは暖かくて、ちょうど気持ちのいい温度だった。
弁当を広げると、子どもが真っ先に唐揚げに手を伸ばす。夫は卵焼きを一口食べて、「うん、いつもの味」と言った。それは褒め言葉なのか、それとも淡々とした感想なのか、未だによくわからない。ただ、彼が黙々と箸を進めているのを見ると、まあ悪くはなかったのだろうと思う。私も自分の分を食べ始めると、やっぱり外で食べる弁当は格別だと感じる。同じものを家で食べても、この味にはならない。
ふと気づくと、夫がおにぎりの海苔を巻こうとして、風に飛ばされかけていた。慌てて手で押さえたものの、少しだけ砂がついてしまい、彼は苦笑いしながら「これも野外の味だな」とつぶやいた。私も子どもも笑ってしまって、その瞬間、ああこういう時間が大切なんだと思った。完璧でなくていい。むしろ、少しくらいズレがあったほうが、記憶に残る。
野外弁当の魅力は、料理そのものだけではない。開ける瞬間のわくわくや、風に揺れる木々の音、少し遠くで聞こえる鳥の声、そして何より、一緒に食べる人たちとの距離が、いつもより少しだけ近くなることだ。テーブルもなければ椅子もない。ただシートの上に座って、同じものを囲んで食べる。それだけで、日常とは違う空気が流れる。
日曜日の野外弁当は、特別なイベントである必要はない。ただ少しだけ早起きして、冷蔵庫にあるもので作ればいい。照り焼き、卵焼き、おにぎり。それだけで十分だ。大事なのは、誰とどこで食べるか。そして、その時間をどれだけ大切に思えるか。弁当箱を閉じるとき、ふとそんなことを考える。また次の日曜日も、きっと同じように作るだろう。そしてまた、家族と一緒に外へ出かけるだろう。それが、私たちの小さな冒険だ。
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